はじめに

「全固体電池は、あと数年で来る」——この言葉を、もう何年も聞いている気がしないでしょうか。

2026年に入って状況が動きました。トヨタと出光興産は量産へ向けた材料工場の建設を進め、日産は実際の車に載るサイズのセルで必要な性能を確認したと発表しています。つまり全固体電池は「夢の電池」という抽象論から、いつ・誰が・どの材料で作るのかという具体論のフェーズに移っています。

ただし、ここは正直に書いておきます。まだ誰も全固体電池を量産していません。 各社が掲げる年数は、すべて「目標」であって確定した事実ではありません。

この記事では、電子工作でリチウムポリマー電池やモバイルバッテリーを扱う立場から、次の3点を公式発表ベースで整理します。

  • 全固体電池とは何で、液体のリチウムイオン電池と何が変わるのか
  • なぜ何年も「あと数年」と言われ続けたのか(ここを厚く扱います)
  • トヨタと日産の現在地、そして「いつ」来るのか
⚠️ この記事の数値の扱い

量産年・実用化年は、本記事ではすべて各社の「目標・計画」として扱います。確定した出荷実績ではありません。性能値(航続2倍など)も期待値・目標値であり、市販時の実測とは異なる可能性があります。

🔋 1. 全固体電池とは何か

いまのスマホやEVに入っているリチウムイオン電池は、内部で電気を運ぶ「電解質」が液体(有機溶媒)です。全固体電池は、この電解質を固体に置き換えたものを指します。

💡 ワード解説:電解質と全固体電池

電解質とは、電池の中でリチウムイオンをプラス極とマイナス極の間で行き来させる「通り道」のことです。従来はこれが可燃性の液体でした。全固体電池は電解質を固体(硫化物系や酸化物系などのセラミック的な材料)にした電池で、原理的に液漏れせず、燃えにくいとされています。

電子工作の目線で言うと、リチウムポリマー電池を扱うときに一番気を使うのは「膨らみ」と「発火」です。過充電や物理的な損傷で液体電解質が分解・発熱し、最悪は発火します。電解質が固体になれば、この構造的なリスクを下げられます——ここが全固体電池が注目される最大の理由の一つになっています。

固体電解質にはいくつか種類がありますが、いま自動車メーカーが本命として量産を狙っているのは硫化物系です。イオンを通しやすく、やわらかくて電極と密着させやすい、という長所があります。トヨタ×出光の協業も、この硫化物系を対象にしています。

⚡ 2. 何が変わるのか

全固体電池が実用化されると何が良くなるのか。液体のリチウムイオン電池との対比で整理します。

観点 従来の液体リチウムイオン電池 全固体電池(各社が目指す姿)
電解質 可燃性の液体 固体(不燃・液漏れしにくい)
エネルギー密度 現行水準 従来の約2倍を目標(=航続距離が伸びる)
充電時間 急速充電でも制約あり 大幅短縮を目標
動作温度 高温・低温に弱い面 温度耐性の改善が期待
現状 量産・普及済み まだ量産前(目標段階)

🧱 3. なぜ「あと数年」と言われ続けたのか

全固体電池は原理としては昔から知られています。それでも量産が何度も先送りされてきました。理由は「発明」の問題ではなく、作り続けられる形にすることの難しさにあります。ここが本記事の芯です。壁は大きく4つあります。

flowchart TD A["固体電解質に置き換える"] --> B["壁1:界面の接触抵抗"] A --> C["壁2:充放電での膨張・収縮"] A --> D["壁3:大面積で均一・無欠陥に作る"] A --> E["壁4:コストと材料の扱いにくさ"] B --> F["性能・寿命が出ない / 量産で歩留まりが落ちる"] C --> F D --> F E --> F F --> G["だから『あと数年』が続いてきた"]

壁1:界面の接触抵抗

液体は電極のすみずみに染み込んで密着します。固体はそうはいきません。固体同士を押し付けても、ミクロで見れば点でしか触れていません。 接触が悪いとイオンが流れにくくなり(=界面抵抗が大きい)、容量も出力も落ちます。「固体電解質を作れた」ことと「電極と良く密着させ続けられる」ことは別問題で、後者が長く難所でした。

壁2:充放電での膨張・収縮

電池は充放電のたびに電極がリチウムイオンを吸ったり吐いたりして、わずかに膨らんだり縮んだりします。液体電解質なら追従できますが、硬い固体電解質との界面では、この動きですき間やクラックが生じて接触が離れてしまいます。使うほど界面抵抗が増え、寿命が落ちます。硫化物系では、さらに正極との界面で副生成物ができてイオンの流れを妨げる問題も知られています。

💡 ワード解説:デンドライト

充放電を繰り返すうちに、マイナス極側のリチウムが針状の結晶(デンドライト)となって伸びることがあります。これが電解質の中を突き抜けるとプラス極とショートし、発熱・寿命低下の原因になります。固体電解質なら防げると期待されましたが、条件によっては固体の粒と粒のすき間(粒界)に沿って伸びうることが報告されており、完全な解決はまだ研究途上です。

壁3:大面積で均一・無欠陥に作る

ラボの小さなセルで良い数字が出ても、それを車載サイズの大きな面積で、しかも何層も積み重ねて均一に・欠陥なく作るのは桁違いに難しくなります。ホコリ一つ、厚みのわずかなムラが、そのままショートや性能ばらつきにつながります。日産が「実車サイズのセル」で性能を確認した、とわざわざ発表するのは、ラボと量産の間にあるこの深い谷を一歩越えた、という意味合いが大きいといえます。

壁4:コストと材料の扱いにくさ

本命の硫化物系固体電解質は、水と反応すると有害な硫化水素が発生するため、製造や取り扱いを乾燥・不活性な環境で行う必要があります。設備も工程も液体電池より重くなりがちです。さらにこれを、年に数百万台という規模で、低コストかつ無欠陥で量産ラインに乗せる——という最後のハードルが残ります。「材料はできた、次は工場だ」という現在地は、まさにこの壁4に取り組んでいる段階といえます。

📌 ここまでのポイント

全固体電池が遅れてきたのは「発明できない」からではなく、接触・膨張収縮・大面積製造・コストという4つの壁を同時に越えて「作り続けられる」ようにするのが難しいからです。逆に言えば、いま各社が発表しているのは材料や試作の段階の前進であって、量産の完了ではありません。

🏭 4. トヨタの現在地(出光との協業・硫化物系)

トヨタは全固体電池の実用化ターゲットを2027〜28年に投入予定のBEVと位置づけています。材料の量産を確実にするため、2023年10月12日に出光興産との協業開始で合意したことを公表しました(トヨタイムズ)。対象は高容量・高出力を実現しやすい硫化物系の固体電解質です。

その後、出光興産は固体電解質の大型パイロット装置について2026年1月29日に最終投資決定(FID)を行い、建設に着手。完工予定は2027年中としています(出光興産プレスリリース、2026年5月20日)。原料には石油精製の過程で出る硫黄成分を使う点が、石油会社である出光の強みとして挙げられています。

🗓️ トヨタ×出光の現在地(公式ベース)
  • 協業開始の合意:2023年10月(トヨタイムズ)
  • 対象:硫化物系固体電解質
  • 大型パイロット装置:2026年1月29日にFID・建設中/完工予定は2027年中(出光プレスリリース)
  • 実用化ターゲット:2027〜28年のBEV(=目標)

なお、生産能力の具体的なトン数やGWh、EV何台分といった数値は各種報道で伝えられていますが、上記の出光公式リリースには明記されていないため、本記事では確定値としては扱いません。トヨタ側の「2027〜28年」も、あくまで投入を目指すターゲットであって、量産開始が確定した年ではありません。

🔬 5. 日産の現在地(実車サイズのセル・パイロットライン)

日産は、自社開発の全固体電池を積んだEVを2028年度に市場投入することを目標に掲げています。横浜工場内にパイロット生産ラインを設け(2025年1月に稼働開始と報じられています)、ラボから量産へ向けた検証を進めてきました。

2026年4月には、大きな前進が報じられました。実車に載る規模として電池セルを23層積み重ねたプロトタイプのパックで、必要な充放電の性能目標を達成したという発表です(2026年4月20日の技術説明会。Electrek ほか各社が報道)。前章の「壁3(大面積・積層での製造)」に対する具体的な進捗にあたります。

🗓️ 日産の現在地(発表・報道ベース)
  • 目標:2028年度に自社全固体電池搭載EVを市場投入
  • パイロットライン:横浜工場内(2025年1月稼働と報道)
  • 2026年4月:23層積層のプロトタイプパックが充放電の性能目標を達成と発表(各社報道)
  • 期待性能:エネルギー密度が従来の約2倍(=航続距離が伸びる)——ただし期待値・目標値

ここで一つ注意しておきます。「23層積層セルで性能達成」は日産の発表を各メディアが報じたもので、筆者が一次のプレス原文すべてを確認できたわけではありません。ただ複数の独立した媒体が同じ2026年4月20日の説明会を根拠に一致した内容を伝えており、事実として扱ってよい確度は高いと判断しています。それでも「達成」=「量産できる」ではない点は変わりません。

🗓️ 6. いつ来るのか

ここまでの公式・報道を、時系列で並べます。すべて「目標・計画」であり、確定した量産・出荷の実績ではない点を、もう一度強調しておきます。

時期 できごと 区分
2023年10月 トヨタと出光が全固体電池の量産へ向け協業合意 実績(発表)
2025年1月 日産、横浜工場のパイロットラインが稼働(報道) 実績(報道)
2026年1月 出光、大型パイロット装置のFID・建設開始 実績(発表)
2026年4月 日産、23層積層セルで充放電の性能目標達成と発表 実績(発表)
2027年中 出光、固体電解質パイロット装置の完工予定 目標・計画
2027〜28年 トヨタ、全固体電池を搭載するBEVの投入ターゲット 目標・計画
2028年度 日産、自社全固体電池搭載EVの市場投入を目標 目標・計画

図にすると、いまは「材料と試作の壁を越えつつある」段階で、その先に「量産の壁」が控えている、という見え方になります。

flowchart LR A["原理・研究"] --> B["ラボセルで性能実証"] B --> C["実車サイズ・積層で実証"] C --> D["材料の量産設備を建設"] D --> E["電池の量産・車載出荷"] C -.->|日産 2026/4 の位置| C D -.->|出光 完工目標 2027| D E -.->|各社 2027〜28年度が目標| E

見てのとおり、トヨタ・日産のどちらも「発表=すぐ買える」ではありません。材料の量産設備がこれから完成し、その先に電池セルの量産があります。 個人がEVとして手にできるのは、順調に進んでも各社が掲げるターゲットの年以降になります。そして繰り返しますが、その年は目標です。どちらのメーカーが優れているか、という優劣もここで断じるべきではありません。狙う車格も戦略も違い、比べる土俵がまだ揃っていません。

🧑‍💻 7. 筆者の見方

📌 筆者の見方(事実ではなく筆者個人の見解です)

正直に書くと、全固体電池は、いまの筆者が手に入れて自分で実験できるものではありません。 電子工作で扱えるのは市販のリチウムポリマー電池やモバイルバッテリー、18650セルどまりで、車載用の硫化物系全固体セルは市場に出ていません。だから「使ってみた」は書けません。

そのうえで、部品として電池を触ってきた立場から一番期待しているのは、航続距離よりも発火リスクが構造的に下がる方向です。リポ電池を扱っていると、膨らみや過充電、物理的な損傷での発熱がいつも頭の片隅にあります。電解質が固体になれば、この「燃える経路」を原理的に減らせる意味は大きいと感じます。ただし「固体だから絶対に燃えない・安全」と言い切るのは早いと思います。デンドライトやショートの課題は研究途上で、市販品の実データが出るまで安全性を断定はできません。

もう一つ現実的な話として、量産の壁(工場・歩留まり・コスト)が、そのまま「個人の手元に届く価格と時期」に効いてきます。半導体メモリの高騰が趣味の電子工作を直撃した(メモリ高騰で ArduinoやRaspberry Pi が値上げ)のと同じで、材料と製造の事情は最終的にユーザー価格に跳ね返ります。だから筆者は、華々しい性能値よりも「出光の工場がいつ完工したか」「歩留まりの話が出てきたか」といった、地味な量産側のニュースを追っていくつもりです。

まとめ

全固体電池は、「夢の電池」という抽象論から「いつ・誰が・どの材料で」という具体論のフェーズに入りました。

  • トヨタは出光との協業(硫化物系)で材料の量産設備を建設中。完工目標は2027年中、BEV投入ターゲットは2027〜28年(いずれも目標)。
  • 日産は2026年4月に実車サイズの23層積層セルで性能目標達成を発表。市場投入目標は2028年度(目標)。
  • それでもまだ誰も量産していません。遅れてきた理由は発明の不在ではなく、界面抵抗・膨張収縮・大面積製造・コストという4つの壁を同時に越える難しさにあります。

EVの普及はエネルギー需要とも直結する話で、電力インフラ側の動き(AIの電力飢餓とSMR回帰)とあわせて見ると、電池だけが進んでも社会実装はされない、という全体像も見えてきます。次に注目すべきは派手な性能値ではなく、量産設備の完工と歩留まりという地味な指標です。

よくある質問(FAQ)

Q. 全固体電池は、もう買えるのですか?

A. いいえ。2026年8月時点で、全固体電池を搭載した市販EVはまだ出ていません。トヨタは2027〜28年、日産は2028年度を「目標」に掲げていますが、いずれも確定した量産・出荷の年ではありません。

Q. なぜ何年も「あと数年」と言われ続けたのですか?

A. 発明ができないからではなく、量産できる形にするのが難しいからです。固体電解質と電極の接触が悪くなりやすい(界面抵抗)、充放電の膨張収縮で界面が離れる、大きな面積で欠陥なく積層するのが難しい、材料が扱いにくくコストがかかる——という4つの壁を同時に越える必要があります。

Q. トヨタと日産では、どちらが進んでいるのですか?

A. 本記事では優劣を断定しません。トヨタは出光との材料量産に、日産は実車サイズセルの実証に、それぞれ強みを見せていますが、狙う車格も戦略も異なり、まだ同じ土俵で比べられる段階ではありません。

Q. 全固体電池になれば、絶対に発火しなくなりますか?

A. 「絶対」とは言えません。可燃性の液体電解質がなくなることで発火リスクを構造的に下げられると期待されていますが、デンドライトによる内部ショートなどの課題は研究途上です。安全性は市販品の実データが出てから評価すべき段階です。

Q. この記事の年数や数値は今も正しいですか?

A. 本記事は2026年8月3日時点の公式発表・報道にもとづきます。量産年・性能値はすべて各社の目標・期待値であり、今後前倒し・後ろ倒し・修正され得ます。重要な判断の前には、末尾の一次・公式情報で最新を確認してください。

参考