はじめに

※本記事は速報・公開情報をもとに構成しています。詳細は今後の公式発表により更新される可能性があります。

「本当に帰ってこれるのか?」

NASAですら完全な確信を持てなかったミッション——それがアルテミスIIだ。

耐熱シールドの問題、53年ぶりの深宇宙有人飛行、そして再突入の6分間の通信断。1つでも狂えば、帰還はなかった。

それでも、彼らは帰ってきた。

2026年4月10日(日本時間4月11日)、NASAの有人月探査計画「アルテミス計画」の第2弾ミッション「アルテミスII」が太平洋に無事着水した。 アポロ17号(1972年)以来53年ぶりの月圏有人飛行だ。

このミッションは純粋な「成功体験」ではなく、複数の未解決課題を抱えたまま飛んだ技術検証フライトでもあった。SLSの有人初飛行・深宇宙放射線・耐熱シールドの設計変更・プラズマによる通信途絶——様々な不確実性を一つひとつ実飛行で確認していくのが今回のミッションだ。

この記事では、帰還の喜びに加えてアルテミスIIが抱えていた技術的課題を並列に整理し、エンジニア視点で解説する。

⚠️ なぜ「無謀」と言われたのか

アルテミスIIには出発前から批判・懸念が絶えなかった。主な理由は4つだ。

  1. SLSのコスト超過と開発遅延 — 当初予算の数倍に膨らんだ「時代遅れのロケット」と呼ばれ続けた
  2. アルテミスIの耐熱シールド問題 — 無人テストで100か所以上の異常剥離が確認されたまま有人飛行へ
  3. 着陸船の未完成 — 有人月面着陸を担う商業着陸船(SpaceX スターシップ/Blue Origin)はまだ実用段階に達していない
  4. 53年間の深宇宙有人飛行ブランク — 知識・訓練・地上設備のすべてをアポロ以来初めて実運用する

これらの懸念を抱えたまま飛んだのがアルテミスIIだ。だからこそ「完璧」な帰還の意味は重い。

📌 この記事の3行まとめ
  • アルテミスIIは2026年4月2日打ち上げ・4月10日着水。クルー4名全員無事帰還、406,771km(人類最遠記録更新)を飛行
  • SLSの有人初飛行・深宇宙放射線・耐熱シールド・通信途絶など複数の技術的課題をすべてクリアして帰還した
  • このミッションは月面着陸ではなく技術検証フライト。本命の有人月面着陸(アルテミスIV/2028年目標)に向けた最終チェックが完了した

1. 🚀 アルテミス計画とは何か——アポロとの違い

アルテミス計画はNASAが2017年から進める有人月探査プログラムだ。アポロ計画との違いは明確にある。

項目 アポロ計画(1961〜1972年) アルテミス計画(2017年〜)
目的 月面到達(米ソ宇宙開発競争) 月面の持続的活動・深宇宙探査の足がかり
打ち上げ機 サターンV SLS(スペース・ローンチ・システム)
宇宙船 アポロ司令船 オリオン宇宙船
参加機関 NASA単独 NASA + ESA + JAXA + CSA(国際協力)
最終目標 月面着陸・帰還 月面基地構築・火星探査へのステップ
搭乗クルー 男性のみ 初の女性・有色人種搭乗

SLSロケットの推力は3,900万Nで、サターンVの3,500万Nを上回る。オリオン宇宙船はアポロ司令船と比べて約1.5倍の居住容積を持ち、最大6名まで搭乗可能な設計だ。

💡 SLS(スペース・ローンチ・システム)とは

NASAが開発した大型ロケット。従来の使い捨て型で、第1段コアステージはスペースシャトルのメインエンジン(RS-25)を4基使用。液体水素・液体酸素を推進剤とし、固体燃料ブースター2基を両脇に装備する。低地球軌道への打ち上げ能力は95〜130トン(ブロック仕様により異なる)。


2. 👨‍🚀 クルー4名——歴史を塗り替えた顔ぶれ

役割 氏名 所属 歴史的記録
船長(Commander) リード・ワイズマン
Reid Wiseman
NASA —
パイロット(Pilot) ビクター・グローバー
Victor Glover
NASA 有色人種として初めて
低軌道外・月圏に到達
ミッションスペシャリスト1 クリスティーナ・コック
Christina Koch
NASA 女性として初めて
低軌道外・月圏に到達
ミッションスペシャリスト2 ジェレミー・ハンセン
Jeremy Hansen
カナダ宇宙庁(CSA) 米国籍以外として
初めて月圏に到達

アポロ計画が「白人男性のみ」だったことと比べると、今回のクルー構成は宇宙開発史における一つの転換点だ。ジェレミー・ハンセンはカナダ出身であり、これはCSAがアルテミス計画に参加する条件として交渉した「カナダ人を月圏に送る」という約束の履行でもある。

🗓️ 月フライバイ中の天の川写真が話題に

月フライバイ中、クルーが撮影した天の川の写真がSNSで公開され話題となった。地球の大気や光害のない深宇宙から見る天の川は、地上では絶対に見られない光景だ。

▲ クルーが船内からカメラで捉えた天の川。大気も光害もない深宇宙でしか見られない光景だ(Artemis II / Credit: NASA)

▲ クルーが船内からカメラで捉えた天の川。大気も光害もない深宇宙でしか見られない光景だ(Artemis II / Credit: NASA)


3. 📅 ミッションタイムライン——10日間の全行程

日時(日本時間) 出来事
4月2日 07:35 ケネディ宇宙センター(発射台39B)からSLSで打ち上げ
4月6日 月フライバイ実施(自由帰還軌道 / Free Return Trajectory)。地球から406,771km——人類最遠到達距離記録を更新 ※自由帰還軌道とは、万が一エンジンが故障しても月の重力を利用して自動的に地球へ帰還できる安全軌道
4月11日 08:33 サービスモジュール(ESM)分離
08:37 クルーモジュールの姿勢制御バーン(18秒間)で耐熱シールドを突入方向に向ける
08:52 高度約122km(大気圏界面)で再突入開始。速度:時速約39,700km(音速の約35倍)
08:53頃 ブラックアウト開始。プラズマがカプセルを包み通信途絶。約6分間継続
09:03 高度約6,700mでドローグパラシュート展開
09:04 高度約1,800mでメインパラシュート3基(直径約35m)展開。速度を約32km/h以下に減速
09:07 サンディエゴ沖約130kmの太平洋上に着水

総飛行距離: 約1,117,760km
総飛行時間: 約10日間

アポロ13号が持っていた「地球からの距離における有人宇宙船の最遠到達記録」(資料により約40万〜40.1万km台)を上回り、約40.6万km(406,771km)を達成した。ちなみにこの距離は地球の赤道を約10周分、東京〜ニューヨーク間(約1万km)を約40往復分に相当する。

着水後は米海軍の輸送揚陸艦 USS ジョン・P・マーサ(John P. Murtha) とNASAの回収チームが待機。海軍ダイバーが着水から約1時間以内にカプセルへ接舷し、クルー4名全員を艦上に収容した。サンディエゴ沖での迅速なリカバリー(回収作業)はミッション最後の「技術」でもある。

▲ クルーが窓越しに捉えた月。53年ぶりにこの光景を肉眼で見た4人がいる(Artemis II / Credit: NASA)

▲ クルーが窓越しに捉えた月。53年ぶりにこの光景を肉眼で見た4人がいる(Artemis II / Credit: NASA)


4. 🔧 なぜアルテミスIIは危険だったのか——5つの技術的リスク

アルテミスIIは「初の有人深宇宙飛行」という性質上、ISS往復では経験できないリスクが複数重なっていた。ここでは主な技術的課題を並列に整理する。


課題① SLSロケットの有人初飛行

SLS(スペース・ローンチ・システム)はアルテミスIで無人テスト飛行を実施したものの、今回が初の有人飛行だった。アポロ計画のサターンVも初の有人飛行(アポロ8号)には相当な議論があったように、新型大型ロケットの有人初飛行は宇宙開発において最もリスクの高いフェーズの一つだ。

SLSの第1段コアステージにはスペースシャトルから転用したRS-25エンジンを4基搭載しているが、固体燃料ブースターの分離タイミング・上段エンジン(RL-10)の点火信頼性など、無人テストだけでは検証しきれない挙動が数多く存在する。今回の有人飛行でそれらすべてが実証された。


課題② 深宇宙放射線への対応

ISSは地球の磁気圏の保護下にある低軌道(高度400km前後)を飛行しているが、オリオン宇宙船は月圏への往復でヴァン・アレン帯を通過し、磁気圏の外に出る。

ISSでの宇宙飛行士が受ける放射線量は条件によって異なるが1日あたり約0.5〜1mSv程度とされており、深宇宙では太陽フレアや銀河宇宙線の遮蔽がほぼないため、線量が急増する可能性がある。アルテミスIでは搭載した線量計のデータを収集しており、今回の有人飛行ではクルーへの実際の被曝量が重要な評価対象となった。

💡 深宇宙放射線への現実的な対策

オリオン宇宙船は壁材にポリエチレンなど水素リッチな素材を使い、太陽嵐が発生した際のシェルタースペースを船内に設けている。またクルーは「AstroRad」と呼ばれる放射線遮蔽ベストを着用。ヴァン・アレン帯の通過中は遮蔽効果の高いエリアへの移動プロトコルも設けられていた。ただし根本的な遮蔽は難しく、「短期間で往復する」ことが現時点での最善策でもある。


課題③ 耐熱シールドの設計変更(ロフテッドエントリー)

2022年のアルテミスI(無人テスト飛行)帰還時、耐熱シールドの100か所以上でアブレーション材が予想外に剥離・脱落する現象が確認された。原因はアブレーション挙動・炭化層(char layer)の剥離・内部のガス挙動など複合的な要因とされており、その一つとして耐熱材の気孔率(孔の密度)の不足が指摘されている。

大気圏突入時に耐熱材の内部でガスが発生するが、気孔率が低いとガスが内部に閉じ込められ、圧力が高まって外層が塊ごと剥落する——というメカニズムが主要因の一つだ。

⚠️ なぜ「月から帰る」は特別に過酷なのか

ISSからの帰還速度は秒速約7.7km。月からの帰還は秒速約10.6km。運動エネルギーは

E_k = \frac{1}{2}mv^2

で表されるため、速度の2乗に比例して熱負荷が増大する。わずかな速度差でも、熱エネルギーに換算すると月帰還はISSの約1.9倍の負荷が文字通り「次元の違うレベル」でシールドを襲う。

対策としてNASAは再突入軌道を変更した。当初予定していたスキップエントリー(大気圏上層に一度触れてから跳ね上がり、再突入する2段階軌道)から、より急角度で一気に突入する軌道プロファイル——ロフテッドエントリー(いわゆるロフテッド的な直接再突入)——に切り替えた。

項目 スキップエントリー(当初計画) ロフテッドエントリー(変更後)
突入角度 浅い(約5〜7°) 急(約17°)
加熱時間 長い(2段階) 短い(1段階)
内部ガス圧蓄積 起きやすい 起きにくい
着水精度 高い 比較的低い

急角度突入により外層が素早く炭化して通気性が確保され、内部のガス圧蓄積を防いだ。

💡 お餅で理解するロフテッドエントリー

耐熱材を「お餅」に例えると、ゆっくり焼くと(スキップエントリー)内部の空気が膨らんで表面が割れてしまう。ロフテッドエントリーは一気に表面を焼き固めることで、内部からの破裂を防いだような形だ。

🗓️ 【2026年7月25日 追記】NASA の事後評価で「答え合わせ」が出た

2026年4月20日、NASA は初期の飛行後評価を公表した。この記事の主題である耐熱シールド対策が、実際にどうだったかの結果が出ている。

  • NASA は、アルテミスI で見られた炭化層の脱落(char loss)挙動が、量・サイズともに大幅に低減したと評価している(原文:char loss behavior observed on Artemis I was significantly reduced, both in terms of quantity and size)
  • オリオンは目標地点からわずか2.9マイル(約4.7km)の精度で着水した。上の表で「比較的低い」としていたロフテッドエントリーの着水精度だが、実際には高い精度で降りている
  • 一方で、ミッション中に尿排出ライン(urine vent line)の不具合が確認されており、NASA は原因究明を進め、アルテミスIII に向けて是正措置を取るとしている

耐熱シールドについては、対策が意図した方向に働いたことが公式評価で確認された形だ。ただしこれは飛行後の初期評価であり、詳細な分析は継続中とされている。


課題④ 深宇宙通信とブラックアウト

月圏への往復では、ISSでは問題にならない2つの通信課題が生じる。

1. 通信遅延と帯域の制約
地球〜月間の距離は最大約40万km。電波の速度(光速)であっても片道約1.3秒かかる。緊急時のリアルタイム交信が難しく、クルーの自律的判断能力が求められる。

2. 再突入時のブラックアウト
大気圏突入時、宇宙船前面の圧縮された空気が摩擦熱で数千℃に達し、空気分子が電子を失ってプラズマ状態になる。プラズマは電波を吸収・反射するため、約6分間すべての通信が途絶する。着水確認ができるのはブラックアウトが明けてからだ。

項目 数値
大気圏突入速度 時速約39,700km(音速の約35倍)
耐熱シールド表面温度(最大) 約2,760℃〜2,800℃
ブラックアウト継続時間 約6分間
最大Gフォース 約3〜4G(条件依存)
💡 ブラックアウトを軽減する研究

NASAは磁場でプラズマ層を薄くする「MHD(磁気流体力学)」制御技術を研究中だが実用化未定。現時点では「6分間待つ」しかない。

⚠️ 万が一失敗していたら

各課題が最悪のシナリオに至った場合を整理しておく。

  • 耐熱シールド破損 → 再突入時の熱でカプセルが焼失。搭乗員は生存不能
  • ブラックアウト後に通信回復しない → 状況不明のまま行方不明。地上のミッションコントロールは為す術がない
  • 軌道逸脱(姿勢制御バーン失敗) → 適切な角度で大気圏に入れず、大気圏外に弾かれて帰還不能
  • パラシュート不展開 → 着水速度が致死的な値になる

これらはすべて「確率の低いシナリオ」だが、ゼロではなかった。それを承知で飛んだ4人と、地上で6分間を待ったミッションコントロールの緊張感は想像を絶する。


課題⑤ 長期間の深宇宙生命維持

ISSでは飛行士が数か月単位で長期滞在するが、補給や緊急帰還の選択肢がある。月圏への往復では地球から数十万km離れた状態が続き、緊急帰還に最短でも数日かかる。

オリオン宇宙船はCO₂除去・気温・湿度・酸素分圧の制御をすべて船内システムだけで賄う。約10日間のミッション中、ISSのような補給なしで生命維持システムを連続稼働させ、設計通りに機能することを実証した。

また深宇宙では太陽から離れることで宇宙船の熱設計も変わる。オリオン宇宙船は太陽光が当たる面と当たらない面で極端な温度差が生じるため、熱制御システムが24時間絶えず働き続ける必要がある。


5. 🛸 オリオン宇宙船の技術仕様

項目 仕様
打ち上げ時質量 約35,000kg
着水時質量 約9,300kg(燃料消費後)
クルーモジュール直径 約5m
耐熱シールド直径 約5m(アポロの3.9mを上回る)
推進システム 欧州サービスモジュール(ESM:ESA製)
搭乗可能人数 最大4名(将来6名対応も検討中)
月軌道滞在可能日数 最大21日間

推進システムである欧州サービスモジュール(ESM) はESA(欧州宇宙機関)が製造を担当している。太陽電池パネル・推進剤・生命維持システムを内包し、クルーモジュールの後部に接続される。

着水後に切り離されるため、回収されるのはクルーモジュールのみだ。

💡 なぜ打ち上げ時の10分の1以下の質量になるのか

打ち上げ時35,000kgのうち大部分は推進剤(燃料)と使い捨て部品。着水時は人間4名・消耗品・回収用のクルーモジュール本体のみとなるため、質量が激減する。宇宙機は「ほぼ燃料の塊」だという事実がわかる数値だ。


6. 🔭 この先——アルテミスが人類にもたらすもの

アルテミスIIは月面着陸を行わない「技術検証フライト」だった。今回確認した技術要素が次のミッションに直結する。

⚠️ 【2026年7月20日 訂正】アルテミスIII は月面着陸ミッションではありません

公開当初、本記事は「アルテミスIII=有人月面着陸(2028年予定)」と記載していました。これは誤りです。

2026年2月27日、NASA は アルテミス計画のミッション構成を改訂し、ミッションを1本追加してアルテミスIII を低軌道での有人実証ミッション(2027年)に再定義しました。初の有人月面着陸はアルテミスIV(2028年目標)となります。本記事の公開(4月11日)はこの発表より後であり、確認漏れでした。お詫びして訂正します。

出典:NASA Adds Mission to Artemis Lunar Program, Updates Architecture(2026年2月27日)/NASA — Artemis III

🗓️ 【2026年8月8日 追記】公式は改訂済み・NASAメインページは更新遅れ

上の訂正のとおり、2026年2月27日の公式改訂で、アルテミスIII は2027年の地球低軌道(LEO)実証ミッションに変わり、初の有人月面着陸は2028年初頭が目標となりました。なお NASA のメイン Artemis III ページは今も旧記述(2027年に月面復帰=着陸)のままですが、これは NASA 自身が「更新中」と注記しているとおりサイトの更新遅れで、公式の計画は改訂どおりです。詳細はアルテミスIII、月着陸へ向けた軌道上実証に|2027年にドッキング試験にまとめました。

ミッション 内容 予定時期
アルテミスI 無人テスト飛行(オリオン宇宙船・SLS検証) 2022年11月完了
アルテミスII 有人月フライバイ(今回) 2026年4月完了
アルテミスIII 低軌道での有人実証(商業着陸船とのランデブー・ドッキング、生命維持/通信/推進系の統合チェック、新型 xEVA 船外活動服の試験) 2027年
アルテミスIV 初の有人月面着陸 2028年初頭目標

改訂後のアルテミスIII は、月へは向かわない。地球低軌道で、SpaceX と Blue Origin の商業着陸船(片方または両方)とランデブー・ドッキングを行い、ドッキング状態での軌道上試験、生命維持・通信・推進システムの統合チェックアウト、そして新しい船外活動服(xEVA スーツ)の試験を実施する。月面着陸の前にリスクを削ぎ落とすための実証ミッションという位置づけだ。

月面着陸はアルテミスIVで行われる。クルーはオリオンから商業着陸船に乗り移って月面へ降下し、月軌道で待つオリオンに戻って地球へ帰還する。どちらの事業者の着陸船を使うかは「着陸船の準備状況」で決まるとNASAは説明しており、現時点でSpaceX・Blue Origin のいずれかに確定してはいない。

役割を一言で表すなら、オリオン宇宙船は「タクシー」、着陸船は「ホテル兼エレベーター」 だ。地球から月軌道まで運ぶのがオリオンの仕事で、月面への降下・滞在・上昇はすべて着陸船が担う。この役割分担が、53年前のアポロとアルテミスの最大の違いでもある。

今回のアルテミスIIで、SLS有人初飛行・深宇宙放射線・耐熱シールド・通信・生命維持システムの検証がすべて完了したことで、次段階への道筋が整った。

⚠️ 有人月面着陸(アルテミスIV)の課題:着陸船依存リスク

月面着陸の最大の未解決事項は、NASA側ではなく商業着陸船側にある。

  • 実用段階未到達 — 2026年時点でスターシップはテスト飛行を重ねているが、有人月面着陸への認証はまだ取得していない
  • 軌道上燃料補給の未確立 — 月面まで降りるには軌道上で複数回の燃料補給が必要だが、この技術は開発中の段階
  • 2028年目標の現実性 — 上記2点を踏まえると、スケジュール通りの実施には相当なハードルが残る

NASA が2027年のアルテミスIII を「低軌道での着陸船実証」に充てたのは、まさにこのリスクを一段階手前で潰しておくためだと読める。アルテミスIIが「完璧」に終わったとしても、月面着陸の成否は着陸船の開発進捗にかかっている部分が大きい。


月に戻ることで、何が変わるのか

「また月に行くだけ」——そう思う人もいるかもしれない。しかし今回のアルテミス計画はアポロとは根本的に目的が違う。アポロが「月に到達する」ことそのものを目標にしていたのに対し、アルテミスは 「月を使う」ことを目指している。

月面資源の利用
月の南極付近には水が氷として大量に存在する可能性が高い。水は分解すれば水素と酸素——つまりロケット燃料になる。月面で燃料を補給できるなら、火星への探査船を月軌道から出発させることも現実的になる。地球の重力の井戸から毎回脱出する必要がなくなり、深宇宙探査のコストが劇的に下がる。

宇宙医学・生命科学の進歩
深宇宙放射線が人体に与える影響の詳細なデータは、地球上の医療にも還元される。宇宙飛行士の骨密度低下・筋委縮・視力変化などの研究は、地上での加齢疾患や長期臥床患者のリハビリに応用される実績がある。アルテミス計画はより長期・より過酷な環境でのデータを提供する。

技術のスピルオーバー
アポロ計画が生み出した技術が地上に広がった例は数多い——耐熱素材・小型化された電子部品・水の浄化技術・ワイヤレスツールの原型。アルテミス計画でも同様に、深宇宙用の生命維持システム・高精度の自律航法・超軽量の構造材料などが民間技術に転用されていく。

✅ 月面基地「ゲートウェイ」とは

月軌道上に建設が計画されている宇宙ステーション。日本(JAXA)・カナダ(CSA)・欧州(ESA)も参加する国際プロジェクトで、月面探査の中継拠点かつ火星探査の出発点となる構想だ。なお2026年2月27日のアーキテクチャ改訂ではゲートウェイの建設時期に言及がなく、どのミッションから着手するかは本記事執筆時点で確認できていない。ISSが低軌道の「前哨基地」だとすれば、ゲートウェイは深宇宙への「玄関口」にあたる。

そして、火星へ
NASAが描く長期計画では、アルテミスで積み上げた技術と知見が有人火星探査に直結する。月と地球の往復で深宇宙放射線・長期生命維持・自律航法を習熟し、月軌道のゲートウェイを中継点に、2030年代後半から2040年代には人間が火星の地を踏む計画が進行中だ。

生きているうちに「人類が火星に降り立つ」瞬間を見られるかもしれない。アルテミスIIはその長い旅の、2番目の一歩だ。


まとめ

アルテミスIIの帰還は、単純な「成功」ではなく「複数の技術的課題を一つひとつ実飛行でクリアした結果」だ。

SLSの有人初飛行・深宇宙放射線への対応・耐熱シールドの設計変更(ロフテッドエントリー)・ブラックアウトを含む深宇宙通信・10日間の生命維持——これらはどれもISSでは経験できない課題であり、月面着陸を前に実証しなければならないものだった。

53年ぶりの有人月圏飛行を成功させ、初の女性・有色人種・カナダ人の月圏到達を実現した。2027年のアルテミスIII(低軌道での着陸船実証)を経て、アルテミスIV でついに「人が月面を歩く」その日が近づいている。


よくある質問(FAQ)

Q. アルテミスIIで月面着陸は行いましたか?

A. 行っていません。今回は月を周回せず「月フライバイ(月の重力を利用して飛行する軌道)」のみ実施し、地球に帰還しました。初の有人月面着陸はアルテミスIV(2028年初頭目標)が担当します。2026年2月27日のNASAによるアーキテクチャ改訂で、アルテミスIII は月面着陸ではなく低軌道での有人実証ミッション(2027年)に再定義されました。

Q. スキップエントリーはもう使わないのですか?

A. アルテミスIIでは採用しませんでしたが、将来のミッションで耐熱シールドの気孔率問題が完全に解決された場合は再検討の可能性があります。ただし今後もロフテッドエントリーを標準とする可能性が高いとされています。

Q. ISS帰還と月帰還はどう違うのですか?

A. 突入速度が大きく異なります。ISS帰還は秒速約7.7km、月帰還は秒速約10.6kmです。運動エネルギーは速度の2乗に比例するため、月帰還はISSの約1.9倍の熱負荷が宇宙船にかかります。

Q. オリオン宇宙船は再利用できますか?

A. クルーモジュールは回収・点検のうえ再利用を検討できますが、サービスモジュール(ESM)は使い捨てです。現時点では各ミッションで新造するとされています。

Q. SLSはSpaceXのファルコン9やスターシップと比べてどうなのですか?

A. SLSは打ち上げ能力では現役最大クラスですが、再利用ができないため1回あたりのコストが非常に高く(数十億ドル)、SpaceXのスターシップ(完全再利用を目指す)との比較でコスト面での批判を受けています。アルテミス計画ではSLSを維持する一方、着陸船には民間の商業着陸船(SpaceX スターシップ/Blue Origin)を採用するという「いいとこどり」の構成を選んでいます。なお2026年2月27日の改訂で、NASAは着陸ミッションのSLSを可能な限り同一構成(Block 1 に近い構成)で飛ばす方針も示しています。


参考


※本記事は2026年4月11日公開。2026年7月20日に、2026年2月27日のNASAによるアルテミス計画アーキテクチャ改訂(アルテミスIII を低軌道での有人実証に再定義、初の有人月面着陸をアルテミスIVへ)を反映して、今後のロードマップに関する記述を訂正しました。