2026年1月、九電みらいエナジーが福岡空港の国際線ターミナルビル屋根で開始したカルコパイライト太陽電池(CIGS:Copper Indium Gallium Selenide)の実証実験は、太陽光発電業界にとって 「施工可能領域の拡張」 という、重要な技術的マイルストーンとなります。

従来の結晶シリコン太陽電池は、効率と耐久性に優れる一方、重量と剛性という物理的制約により、設置場所が構造的に限られていました。対して、フィルム状で提供されるCIGS太陽電池は、柔軟性・軽量性を武器に、これまで太陽光パネルの設置が不可能だった曲面屋根、老朽化した建築物、さらには移動体(車両・ドローン)への応用を可能にします。

今回は、カルコパイライト太陽電池の材料科学的な特性、製造プロセスの技術的難易度、そして「なぜ空港で実証するのか」という背景について、エンジニアの視点で掘り下げていきます。

福岡空港での実証実験 福岡空港国際線ターミナルビル屋根に設置されたカルコパイライト太陽電池(出力約1.2kW)

1. カルコパイライト太陽電池とは:材料構造と発電原理

CIGS層の化合物半導体としての優位性

カルコパイライト太陽電池は、その名の通りカルコパイライト型結晶構造を持つCuInGaSe₂(銅・インジウム・ガリウム・セレン)を光吸収層として用います。この化合物半導体の最大の特徴は、バンドギャップの調整が可能である点にあります。

結晶シリコン太陽電池のバンドギャップは約1.1eVで固定されていますが、CIGSではInとGaの組成比を変えることで1.0~1.7eVの範囲で調整できます。これにより、太陽光スペクトルの中で吸収する波長域を最適化し、理論効率の向上が図られています。

薄膜構造がもたらす柔軟性

CIGS太陽電池の膜厚はわずか2~3μm(マイクロメートル)であり、結晶シリコンの200μm前後と比べて1/100以下です。これにより、フレキシブル基板(ポリイミドフィルムやステンレス箔)への成膜が可能となり、曲げ半径10cm以下での設置にも対応します。

構造的には以下の層構成を持ちます:

  1. 基板(フレキシブル樹脂 or 薄型金属箔)
  2. 裏面電極(モリブデン:Mo)
  3. CIGS光吸収層(Cu-In-Ga-Se化合物、厚さ2μm前後)
  4. バッファ層(CdSまたはZn系代替材料、50nm)
  5. 透明導電膜(ZnO:酸化亜鉛)
  6. 保護層(封止材)

CIGS太陽電池の層構造 CIGS太陽電池の多層構造。わずか数μmの薄膜に高度な技術が凝縮されている

この多層構造をロール・ツー・ロール(Roll-to-Roll)方式で連続成膜することで、低コスト化と大量生産を実現しています。

2. 製造プロセスの技術的チャレンジ:スパッタリングと硫化処理

共蒸着法(Co-evaporation)の精密制御

CIGS層の形成には、共蒸着法またはスパッタリング後の硫化・セレン化処理が用いられます。特に共蒸着法では、4種類の元素(Cu, In, Ga, Se)を真空チャンバー内で同時に蒸発させ、基板上に堆積させますが、この際の温度管理(450~600℃)と組成比の制御が極めて難しいです。

InとGaの比率を連続的に変化させるグレーディング技術により、バンドギャップを深さ方向に傾斜させ、電子-正孔の分離効率を向上させることが、高効率化のカギとなっています。

カドミウムフリー化の取り組み

従来のCIGS太陽電池では、バッファ層にCdS(硫化カドミウム)が用いられていましたが、環境負荷と廃棄時のリスクから、Zn系材料(Zn(O,S)やZnSnO)への置き換えが進んでいます。 ただし、CdSに比べてバンド構造の最適化が難しく、変換効率が1~2%低下するトレードオフがあり、材料エンジニアリングの最前線となっています。

3. 結晶シリコンとの比較:なぜ今CIGSなのか

項目 結晶シリコン CIGS(カルコパイライト)
変換効率 20~23%(市販品) 15~18%(市販品)、22.9%(研究記録)
重量(1m²あたり) 10~15 kg 2~4 kg
柔軟性 剛性(曲げ不可) フレキシブル(曲げ可能)
低照度特性 やや低下 優れる(曇天・室内でも発電)
高温特性 効率低下大(-0.45%/℃) 効率低下小(-0.3%/℃)
製造エネルギー 高い 低い(薄膜のため)
設置制約 強固な架台が必要 軽量施工、曲面対応

CIGSの最大の強みは、構造荷重への低負荷施工自由度の高さにあります。特に日本のような既存建築物ストックが多い環境では、耐荷重の問題で太陽光パネルを追加設置できない屋根が無数に存在します。CIGS太陽電池はこの「施工不可能領域」を開拓する技術として期待されています。

フレキシブル太陽電池の応用例 曲面屋根や車両への設置など、CIGS太陽電池が切り拓く新しい応用領域

4. ペロブスカイトとの相補関係:なぜ併用が見込まれるのか

記事中で触れられているペロブスカイト太陽電池もまた、薄膜・フレキシブルという共通点を持ちますが、材料構造と製造プロセスは全く異なります。

ペロブスカイト太陽電池の特性

  • 材料:有機・無機ハイブリッドペロブスカイト(例:CH₃NH₃PbI₃)
  • 製造法:塗布・印刷(インクジェット、スクリーン印刷)で低温形成可能
  • 変換効率:26%(研究記録)、15~20%(実用レベル)
  • 課題:耐久性(湿度・熱・UV劣化)、鉛フリー化

タンデム構造による効率向上

CIGSとペロブスカイトをタンデム(積層)構造にすることで、太陽光スペクトルの異なる波長帯域を効率的に吸収できます。

  • トップセル(ペロブスカイト):高エネルギー光(青~緑)を吸収
  • ボトムセル(CIGS):低エネルギー光(赤~近赤外)を吸収

タンデム太陽電池の構造 CIGSとペロブスカイトのタンデム構造。異なる波長帯域を効率的に吸収し30%超の変換効率を目指す

この組み合わせにより、理論効率は30%超が期待され、すでに研究室レベルでは28%超の実績が報告されています。製造コストと耐久性の両立が実用化のカギとなります。

5. 福岡空港での実証:なぜ「空港」なのか

今回の実証実験で着目すべきは、設置場所が国際線ターミナルの屋根である点です。空港という特殊環境には、CIGS太陽電池の性能検証において重要な要素が複数存在します。

反射光と散乱光への耐性

空港の屋根は、航空機の金属表面や滑走路からの強い反射光に晒されます。結晶シリコン太陽電池は、特定方向からの直達光に最適化されているため、反射光の入射角度によっては効率が低下します。 対してCIGSは、多方向からの散乱光に対する感度が高く、低照度でも安定した発電が可能です。この特性が空港環境でどの程度の優位性を持つか、データ収集が期待されます。

荷重制約のある既存建築物への適用可能性

多くの空港ターミナルは大スパン構造であり、屋根の単位面積あたりの許容荷重が厳しいです。従来の太陽光パネル(10~15kg/m²)では構造補強が必要ですが、CIGS太陽電池(2~4kg/m²)なら既存構造のまま設置可能です。 この「レトロフィット性(後付け施工性)」の検証こそが、今回の実証の核心です。

施工性の定量評価

フィルム状のCIGS太陽電池は、接着剤による直貼りや、マグネットシート化による脱着可能な施工が検討されています。空港という大規模施設での実証を通じて、施工時間、工数、メンテナンス頻度などの実用データが収集され、今後の商業化への重要な知見となります。

6. 残された技術課題:耐久性とコスト

長期信頼性の実証不足

CIGS太陽電池の実用化における最大の課題は、25年以上の長期耐久性データが不足している点です。結晶シリコンは40年以上の実績がありますが、CIGSはまだ10~15年程度のデータしかありません。 特に、封止材の劣化、CIGS層内のNa拡散による性能低下、フレキシブル基板の疲労破壊などが懸念されており、今回のような実証実験の積み重ねが不可欠です。

コスト競争力の確立

現時点で、CIGS太陽電池の製造コストは結晶シリコンよりも1.5~2倍高いとされます。これは、真空成膜プロセスや希少金属(In, Ga)の使用が原因です。 ロール・ツー・ロール製造の歩留まり向上と、In/Gaの使用量削減(より薄いCIGS層の実現)が、コスト低減のカギとなります。

結論:次世代太陽電池は「設置場所の制約」を解放する

九電みらいエナジーの福岡空港実証実験は、太陽光発電が「屋根に載せられる場所だけ」から「あらゆる表面」へと拡張されることを象徴しています。

我々エンジニアが注目すべきは、CIGS太陽電池が単なる「シリコンの代替品」ではなく、建築統合型太陽光発電(BIPV: Building Integrated Photovoltaics)という新しい設計思想を可能にする点です。 壁面、カーテンウォール、車両ボディ、さらにはウェアラブルデバイスへの太陽電池内蔵など、エネルギー自給の概念が建築物だけでなくモノそのものに組み込まれる時代が近づいています。

2026年、太陽光発電の競争軸は「効率」から「施工性と適用範囲」へとシフトしつつあります。カルコパイライト太陽電池は、その先駆者として、再生可能エネルギーの新たな地平を切り拓くでしょう。


Source: 柔軟で軽量な「カルコパイライト太陽電池」、福岡空港で実証する狙い | ニュースイッチ